About us

社会福祉法人神愛園は、地域と高齢者の要望に応え、
高齢者がその人らしく生活できる環境を創造することを目的とします。

基本理念

イエス・キリストの隣人愛の精神

社会福祉法人神愛園は聖書の「善いサマリア人」によって示されたキリストの隣人愛の実践を基本理念とし
地域と高齢者の要望に応え高齢者がその人らしく生活できる環境を創造することを目的とします

Core Value

私たちはいつも新しい風にさらされています。
昨日と同じ判断をしたからといって、望ましい判断とは限りません。
ルールがなくても、私たちは私たちらしい選択をしなければなりません。
コアバリューは、そのためのグランドルールです。
私たちの在り方を、職員自身の手によってまとめました。

Core Value1

放っておかない

聖書で言われている愛(アガペー)は、原語のギリシャ語では、「大切にする」という意味の言葉が使われています。人を大切にするとは、「人の人生を壊さない」「人を見捨てない」「小さくされた人を放っておかない」ということです。善きサマリア人の譬えに象徴される隣人愛を、私たちは以下のように捉えています。

《 誰かがするだろうではなく 》《 他でもない 》あなたが、
《 互いに 》誰かの最も近くにいる人に
《 敢えて 》なり、
その人の人生を壊さない《 ように協力する 》、
見捨てない《 ように近くにいる 》、
《 どんな状況になっても 》放っておかない。

そこには、最も近くにいる人(隣人)に手を差し出すということにとどまらず、自分が誰かの最も近くにいる人(隣人)になるということが含まれています。私たちは、競争関係よりも、協力関係に基づいた場づくりを進めます。

Core Value2

ありのままを認める

この言葉には、大きく2つの意味が込められています。

一つは、現実から目をそらしたり、問題を見なかったことにする態度からの決別です。そしてもう一つは、その人が「その人であること」に価値を置く態度です。

私たちは、特別な存在ではなくても、優れていなくても、その人が「その人であること」に価値を置きたい。「ありのまま」を認めることのできる私たちでありたいと思います。ご利用者それぞれのライフスタイルの尊重は、ここから始まると信じます。

同様に、私たち一人ひとりも、それぞれの「私であること」を大切にして、その成長や発展を援助します。特別でなくても、優れていなくても、「ありのままの私」を認めます。自分の価値観を押し付け、他者を操作しようとする態度には、尊敬が感じられません。私たちは、誰かの期待を満たすために生きている訳ではありません。

ありのままのその人を尊重できるのは、その人のことを信頼しているからです。

でも、自分を信じることができなければ、相手を信じることができません。誰もが、ここに存在しているだけで、価値があります。ありのままに見て、そこにいてくれることを喜び、感謝します。理想像から減点するのではなく、ゼロの地点から出発します。

大切なのは、何が与えられているかではなく、与えられたものをどう使うか。私たちは、その人がその人らしく成長発展していけるよう、気づかえることを大切にします。

Core Value3

違いこそ豊かさ

生き物にとって、多様性は善であり、人間もまたそのようにつくられています。

私たちは、意味があって、人と違うことを選ぶようにできています。だから、人と違うことは、誇れることです。

職場には様々な仕事があり、それぞれの仕事に従事する様々な職員がいます。その多様性こそが、豊かさといえます。

人間の価値は「どんな仕事に従事するか」より、その仕事に「どのような態度で取り組むか」によって決まります。「この人と一緒に働きたい」「この人が困った時は助けたい」と思ってもらえるかどうかは、その取り組み方次第ではないでしょうか。

私たちは自分と違う意見を耳にすると、まるで自分が非難されているかのように感じ、不快感を持ってしまうことがあります。その意見に対抗して、競争的な態度をとってしまいがちです。このような環境では、信頼関係は育ちません。私たちは、お互いに自分と違う意見を持つことを認め、違いがあって当然と受けとめます。

「無口」なのでなく「落ち着いている」のです。
「遅い」のではなく「ていねい」なのです。
「反抗的」なのではなく「自分の意見が言える」のです。
「すぐ泣く」のではなく「感受性が豊か」なのです。
「口が悪い」のではなく「率直」なのです。
「鈍感」なのではなく「自分の世界を持っている」のです。
「失敗ばかり」なのではなく「たくさんのチャレンジをしている」のです。

Core Value4

オープンである

組織では、皆それぞれが職務や役割を持っています。一方、自分の仕事に口出しされることは誰しも好みません。その「好きなようにやりたい」という無意識の思いは、やがて「他人の仕事には口出ししない」という暗黙の組織風土を形成して、誰がどう仕事をしているのかさっぱりわからなくなり、ノウハウも共有されず、困った時の助け合いも行なわれにくい組織になります。こうなると、経営者にはプロセスが見えなくなり、「大丈夫か」「頑張れ」の精神論だけになっていきます。正しい現状認識を共有できず、問題発見も検証もできなくなってしまいます。

オープンであること(率直さ、柔軟性)、オープンネス(開放性)を、私たちは大切にします。オープンネスが低いと、心の距離を近づけにくい雰囲気を醸し出します。「どうせ聞いてくれない」「すぐ怒る」「親身になってくれない」「何も言ってくれない」「言っても無駄だ」と思われがちになります。心を開かない相手には、人は心を開きません。

心を閉ざされるのは、組織にとっては致命的です。現場から情報がこない。きても真実の情報ではなく、都合の良い情報しかこない。こうなると、もう経営者は現場の生の声など聞くことができなくなります。

昨今、企業の不祥事が頻繁にありますが、根本的な原因の一つが、このオープンネスの欠如にあると言われています。相手が心を閉ざす状況をつくっては、心の距離を近くすることは不可能です。オープンネスの高い状況にできなければ、その組織は消えてなくなることでしょう。

私たちは自分の心を開き、ニュートラルな状態にすることを心がけています。

Core Value5

弱さをあずける

人間はその弱さゆえに共同体をつくり、協力関係の中に生きます。人間にとって、孤立ほど恐ろしいものはありません。協力関係の中に生きることは、人間のアイデンティティと深く結び付いています。

私たちには、強みや弱みがあるし、長所も短所もあります。大事なことは「短所はカバーするためにある」ということです。一人ひとりの短所が、別のメンバーによって様々にカバーされていれば、私たち全員が安心して強みの発揮に専念できるからです。チームで取り組むこのとの本質的な意味は、ここにあります。

人の強みよりも弱みにばかり目のいく人がいます。できないのだからと、あたかもメンバーが自らの価値を否定されたと感じるような言葉を平然と使う人もいます。これは、メンバーが困難を克服しようとする力を、奪ってしまっているのです。これでは、チームの意味がありません。能力不足とその人の価値とは何の関係もありません。欠点を克服したら認めるのではなく、欠点があっても認めます。「強く見せる」努力ではなく、「強くなる」努力をこそするべきです。

今の自分を認める勇気を持つ者だけが、本当に強い人間になれるのだと思います。そのためには、私たちの職場が、弱さをあずけられる場でなければなりません。弱さをあずけられる場づくり、弱さをあずける勇気、これらを大切に育みたいと思います。

Core Value6

変えられることに
専念する

「変えられないもの」ばかりに注目して、「無理だ」「仕方ない」と嘆く人がいます。私たちは「変えられないもの」に執着するのではなく、目の前の「変えられるもの」を直視します。

神よ、願わくばわたしに、
変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、
変えることのできる物事を変える勇気と、
その違いを常に見分ける知恵を授けたまえ。(ニーバーの祈り)

この言葉を噛みしめて、「これからどうするか」を考えます。可能性に集中して「こんなやり方はどうだろう」と提案します。「誰が悪かったのか」に時間や労力を注ぎ込むのはやめて、その分のエネルギーを未来の解決に費やします。裁判官にはなりません。実際には、上司や部下などに非があったとしても、今自分にできることに集中します。もしも相手に気づいてほしいことがあるならば、気づかない相手を責めるのではなく、自分の伝え方を変えます。自分の言葉が説得力を持つように、相手から信頼される努力をします。

健全な人なら、たとえ相手が自分の期待と違う行動をとったとしても、それでも相手を仲間として認めつき合うことができるはずです。

Core Value7

わたしから始める

理解者がいなくても、賛同者がいなくても、まず私が明かりを灯します。でも、明るくなるのは、せいぜい半径数mかもしれません。誰もいない、一人きりの夜道に思えたとしても、明かりは何百mも離れた誰かの目にもきっと届く。あそこに人がいる、あそこに明かりがある、あそこに行けば道がある……。やがてまわりに、何十何百という明かりが集うと信じたい。その明りに照らされるのは、何十何百という仲間たちなのだと。

“本気”の人は、「どうすればできるか」しか考えません。自分の子どもが命の危険にさらされたら、「どうすればこの子を助けることができるか」しか考えないでしょう。「助けるためのこと」しかしないのです。「これできるかな…、上手くいくかな…」などと考えている時点で、“本気”とは言えません。

マザー・テレサは「世界平和のために、われわれは何をすべきですか」と問われて、こう答えました。「家に帰って、家族を大切にしてください」。世界平和のために何かをするのではなく、まず目の前の人に、信頼を寄せる。目の前の人と、仲間になる。そこから始めましょう。手をつなぎたいのならば、自分から手をさし出す。自分を信じてほしいと思うのならば、まずは自分が信じましょう。自分を棚に上げて全体の話をするのではなく、全体の一部である自分から、最初の一歩を踏み出したい。

何であれ、誰かが始めなければなりません。他の人が協力的でないとしても、それは私たちには関係のないことです。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく、私たちは、私から始めたいと思います。

Our Vision

神愛園の使命は「地域と高齢者の要望に応え、高齢者がその人らしく生活できる環境を創造すること」です。

その人らしく生活できる環境の要諦を、私たちは「支援の幅」と「暮らしの厚み」として捉えます。

入所支援でも在宅支援でも、元気なうちから看取りまで切れ目のない連続したケアがあり、必要なときにはそれが与えられる環境があること――そうした支援の幅は、安心できる生活の基礎といえます。

その上で、一人ひとりの「暮らし」を、私たちは大切にしたい。

人の暮らしは、 病気や介護というカテゴリで分断されるものではありません。一人ひとりの当たり前の暮らしは、何をおいても守らなければならないと考えます。

しかし、介護保険のサービスだけでは、サービスに生活を合わせがちで、今の暮らしや地域とのつながりを継続していくことが難しい現状にあります。

人は、役割と主体的に動ける環境があれば、そこを居場所と感じることができます。居場所と役割の連続性を失わせないことは、その人らしい生活の前提といえます。

そこで私たちは、一人ひとりの暮らしを守るために、暮らし全体を下支えする支援を一体的に提供します。「お世話する」という感覚から、「生きることを支援する」姿勢へと意識を変えます。

しかしこれは、1事業者だけで為し得る範囲を超えます。平面的な広がりだけではなく、子どもや障がい者を含む様々な構成員が複層的に織りなす、地域との関係性があって初めて成り立つものです。

支えられる人が支えられる側として固定化されるのではなく、別の局面では支え手になり得るような関係の対等性を、地域とともに作り上げていきたいと思います。

私たちは、どうすれば地域との関係性を深め続けられるかを考え続けます。それは、サービス提供の余剰時間で取組むことではなく、そのための組織を整備して主体的に臨む中核事業の一つと捉えます。

これからビジョンの達成に向けて、まず暮らしを支える介護の質を一層高めます。そして、グループワーク・面談技術・コミュニティケアなど、習得するスキルの幅を拡げます。そして上記全てを支える、風通しのよい、働きやすい職場をつくり続けます。

切れ目のないケアで
安心をつくる

  • 中間施設を用意し、状態に応じた入所を可能にして、支援の切れ目をつくらない。
  • 暮らしのつながりを切らず、地域と一体の支援を展開する。
  • 制度事業に頼りすぎない。

生きることを支援し
暮らしを守る

  • 図書スペースや常設カフェなど
  • 地域を構成する要素に合わせて神愛園内部を組織化。地域との関わりの 専門性を高める。
  • 行政や他事業体との連携を深めて、地域支援を厚くする。

スキルの幅を拡げ
質を高める

  • 切れ目なく暮らしを支えるための介護の質の確保と向上
  • グループワーク・コミュニティケア・面接技術など、習得が必要となるスキルの拡大

1967年頃、日本では高齢者問題についてまだ深刻には論じられていませんでした。福祉という言葉すら耳慣れない言葉であり、札幌市には戦前からあった養老院が老人ホームと改名して存在するだけでした。

この年の9月、国際ギデオン協会札幌支部の研修会において、その後理事を担う上泉清医師が高齢者の影の部分、やがて到来するであろう寝たきり老人のための施設の必要性を説いたところ、参加者の多くから賛同を得られ、ここに神愛園設立の種が播かれることになりました。

翌1968年1月に設立期成会を発足、期成会長をはじめ15名の委員が挙げられ、北海道クリスチャンセンターに事務局を置き、募金活動、機関誌発行、チャリティバザーなどが進められ、たくさんの方の理解と協力を頂いた結果、翌1969年7月に定員100名の特別養護老人ホーム開設の認可が下り、翌1970年5月に晴れて札幌市手稲区手稲金山の地に札幌市としては2番目の特別養護老人ホームを開設することができました。

開設の日、役員、職員は聖書に連名で以下の文を記しました。

われらは主イエスキリストの示し給える隣人愛の実践の場としてこの神愛園の諸施設を利用者のために提供し、その僕として仕えんとここに集うた。ねがわくば主がわれらの志を嘉し、その願いを遂げしめ給わんことを

この日から、私たち神愛園の高齢者福祉がスタートしました。

その後も「まだまだ多くの高齢者たちが待っている」という切迫した思いのもと、1978年に札幌市から札幌市西区に新設された軽費老人ホーム(B型)「琴寿園」の運営委託、1985年の5月には手稲区手稲金山に軽費老人ホーム(A型)「星置ハイツ」を開設、さらに1997年の4月には、札幌市清田区清田に特別養護老人ホーム、ケアハウス、デイサービスセンター、居宅介護相談センター(現介護予防センター)の複合施設「神愛園清田高齢者福祉総合施設」を開設しました。

その後も2007年、手稲区に創設間もない小規模多機能型居宅介護を立ち上げるなど、現在、5施設、13事業を営むまでになりました。

各施設の入り口には「善いサマリア人」の壁画が飾られています。この絵は聖書の物語に基づいたものであり、神愛園の理念を象徴しています。私たちは「善いサマリア人」に倣って、高齢者はもちろんのこと、すべての人に手を差し伸べていくことを信条としてこれからも仕えていきます。

そして、1970年の特別養護老人ホーム開設から現在まで長い経験を持つ私たちは、北海道における高齢者福祉事業のパイオニアとして、また地域のニーズに応えられるよう今後も歩み続けていきたいと思っています。